こんなことでお悩みの会社・社長もいらっしゃるでしょう。
そこで,今回は,第1回労働審判手続期日に会社側で出席した際,注意するべきポイントについて分かりやすく説明したいと思います。
1 第1回労働審判手続期日では何が行われるのか?
まず,第1回労働審判期日での会社側がいかなる発言・対応するべきかを考えるには,そもそも第1回労働審判期日では何が行われるのかを確認した方がよいでしょう。
なぜならば,第1回労働審判期日に行われる内容に対して,会社側として準備をするべきことになるからです。
「会社必読!10分で分かる労働審判手続の流れ」において説明しましたとおり,第1回労働審判期日の前に,社員(労働者・申立人)側は申立書及び証拠書類を提出し,会社・社長側(相手方)も答弁書及び証拠書類を提出します。
そして,それら書類を精査した上で,第1回労働審判期日では,裁判所(労働審判委員会)によって,
- 争点となる事実関係に関する審尋(質疑応答のようなもの)
- 調停(話し合いによる解決)の試み(最終的な落としどころの巡る交渉)
が行われます。
よって,この①審尋と②調停に分けて,会社側が行うべき発言やとるべき対応について説明をしていきます。
2 事実関係に関する審尋の対応
2.1 事実関係に関する審尋とは?
まず,第1回労働審判期日では,労働審判官(裁判官)や労働審判員から当事者双方に対し質問がなされます。
裁判所(労働審判委員会)が申立書や答弁書・証拠書類を事前に読み込み,疑問に思われる点や争いのある事実関係について,質問が行われるのです。
この労働審判期日における質疑応答の手続を審尋(しんじん)といいます。
質問への回答は,代理人弁護士ではなく,出頭した当事者が行うことを求められることがあります。
それゆえ,どのように対応・発言するべきかが問題となるのです。
2.2 発言するタイミングを間違わない
まず重要なのが発言するタイミングです。
労働審判期日では,裁判所(労働審判委員会)が進行を指揮します。
質問についても,基本的には裁判所(労働審判委員会)が主体となって行います。
つまり,会社側で出席した場合に,自由な発言を許される訳ではないのです。
それゆえ,何も聞かれていないのに,いきなり発言するようなことはせずに,裁判所(労働審判委員会)の指示や質問を確認して,必要な範囲で発言するよう必要があります。
また,質問によっては,代理人の弁護士がひとまず回答した後に,会社側の出席者が回答する場合もあります。
回答の概略を弁護士が簡単に説明した後,それをさらに具体的に説明するために会社側の出席者が発言をする場合があるのです。
こうすることで,裁判所(労働審判委員会)に伝わりやすくなることもあるからです。
それゆえ,味方である代理人弁護士の発言にも注意が必要です。
以上から,会社側の出席者は自発的に発言せずに,裁判所(労働審判委員会)や代理人弁護士に発言を促されたタイミングで求められた話しをする必要があります。
2.3コンパクトな説明をする
質問された事項について説明をする場合,会社に有利な形で多くのことを話そうとするばかりに,話が冗長となってしまうことがあります。
しかし,これでは重要な説明のポイントがぼやけることがあります。
また,労働審判期日は時間制限がありますので,他の重要な事項について説明をする時間が無くなってしまうこともありえます。
そこで,会社側の出席者としては,意識的にコンパクトな説明を心がけるとよいでしょう。
方法としては,結論的なところから話しをするとよいでしょう。
なお,説明が短すぎる場合もあるのではとご心配されることもあるかもしれません。
しかし,説明が不十分と思われる場合は,裁判所(労働審判委員会)が質問を追加します。
また,会社側代理人弁護士も説明が不十分と考える場合は,補足で質問をして説明の追加を促しますので(そのような対応ができる弁護士に依頼をする限りは)問題はないといえます。
2.4 ぶれない説明をする
次に,裁判所(労働審判委員会)は色々な角度から質問をしてきます。
その場合,同じ事実関係について,回答が矛盾したり,曖昧になってしまうと,裁判所(労働審判委員会)が「この証人の発言は信用出来ない」との心証を抱かれてしまうことがあります。
それゆえ,矛盾のない,ぶれない説明をするということが重要となります。
その為には,事前の準備が重要となります。
例えば、当事務所では、第1回労働審判期日の前に,弁護士にて「想定問答集」を作成し,それを参考にしながらリハーサルを行います。
弁護士が作成した回答集をそのまま棒読みしては信憑性が無くなりますので,想定問答集の趣旨を理解した上で,自分の言葉で発言できるように準備する必要があります。
また,弁護士が提出した答弁書や証拠書類にも目を通し,それらと矛盾しないように記憶を喚起し,事実関係を整理しておくことも重要です。
2.5 誠実な対応
最後に,誠実な回答を心がけることが必要です。
労働審判期日は,同じ室内で,当事者双方が出席して行われます。会社側の出席者から,社員(労働者・申立人)の様子も見ることができます。
会社側の出席者の目の前で,社員(労働者)が平気で嘘の発言をしたり,会社側を侮辱するかのような発言をすることも場合によってはあります。
そのような場合でも,感情的になって言い返したり,社員(労働者)を侮辱するような発言をしてはなりません。
裁判所(労働審判委員会)は,出席者の供述態度も見ており,事案によっては,誠意の欠いた発言をした当事者に不利な方向で認定・評価をすることもあり得ます。
よって,いかなる場面でも冷静に会社側の主張を淡々と説明するよう努める必要があります。
3 調停における対応・発言ポイント
3.1 調停とは?
第1回期日における事実関係の審尋が終了した後,労働審判委員会は,両当事者に対し,いったん退席を求め,評議を行います。
その後,個別に片方ずつ当事者に審判延に呼び出され,労働審判委員会の心証が告げられたうえで,解決方法についての希望を聞かれます。
その上で,話し合いによる解決や解決の条件などについて,相互の意見を調整します。
例えば、次のような条件を調整します。
解雇事件の場合
- 社員(労働者)側が,会社に戻ることをあくまでも求めるのか,条件次第で退職に応ずることも出来るのか?
- 退職とする場合,その時期をどのように定めるのか?
- 離職票の離職理由はどのように定めるのか?
- 退職に応ずる代わりに会社側に求める金銭(解決金)の額や支払時期
- 秘密保持に関する取り決めの有無や内容
残業代請求事件の場合
- 会社側が解決の為に支払う金銭(解決金)の金額や支払時期
- 秘密保持に関する取り決めの有無や内容
意見の調整に際しては,裁判所(労働審判委員会)が法的な心証を開示することもあります。
つまり,解雇が無効となるか否か,未払の残業代はどの程度あるか,ということについて法的な見解が裁判所(労働審判委員会)から伝えられることがあるのです。
法的な心証は,仮に調停を許否した場合の労働審判,ひいては,その後労働審判から移行する訴訟における裁判所の判断となる可能性があり,会社側にとっても重要な意味を持ちます。
3.2 調停に対する裁判所(労働審判委員会)の取り組み
ところで,労働審判手続は,約70%が調停成立により終了しており,労働審判が言い渡されるのは約15%に過ぎません(※平成28年度における東京地方裁判所本庁における終結結果)。
つまり,労働審判手続は,その大部分が話し合いの調停によって終了することが制度的に予定されているといっても過言ではありません。
そして,労働審判事件は,基本的には社員(労働者)側が申し立てを行いますところ,会社側0ベース(つまり,会社側の負担が全く無い)では社員(労働者)が話し合いに応ずることはありません。
よって,労働審判で話し合いによる解決を検討する場合,通常は,会社側がなにがしかの負担,典型的には金銭の支払いをするか否かということが議論されることが殆どです。
そして,裁判所(労働審判委員会)は,法的な心証に基本的に則りながらも,粘り強く,当事者双方に譲歩を求めて,とにかく調停をまとめようとするのが通常です。
労働審判事件は労使の厳しい対立を含む紛争であるにもかかわらず,約70%も話し合いで終わるということは,裁判所(労働審判委員会)の強い説得によるところも大きいと思われます。
3.3 調停におけるやりとりはプロの弁護士に任せる
裁判所(労働審判委員会)は調停をまとめるために,当事者双方をよく観察しています。
そして,傾向としては,説得が可能な当事者であると思われると,兎に角強く説得をします。
例えば,会社の社長が労働審判期日に出席している場合,言い方は悪いですが,様々な揺さぶりをかけてくることがあります。
このまま調停に応じないと,もっと金額は膨らむかも知れませんよ?
コンプライアンスが弱いことが世間に知れるかもしれませんよ?そうなると,この件だけの問題では済まなくなるかも知れませんよ?
悪いこと言わないので,ここでまとめた方が会社の為だと思いますよ。
弁護士に依頼せずに,会社社長だけで労働審判期日に臨んだ場合,この裁判所(労働審判委員会)の揺さぶりにあっさり負けることが多いです。
裁判所(労働審判委員会)は調停のプロですので,弁護士も付けていない社長を説得することなどたやすいでしょう。
また,同様に,労働事件や労働審判手続の経験の少ない弁護士に対しても揺さぶりをかけることもあります。
裁判所(労働審判委員会)は労働事件のプロです。答弁書の出来や事実に関する審尋における弁護士の発言から,その力量や経験がないことは見抜くのです。
そのような経験の薄い弁護士に対しても,様々な揺さぶりをかけることがあります。経験の浅い弁護士ですと,「裁判所(労働審判委員会)が言うことだからそうなのかな,,,,」と自信がぐらつき,最後は裁判所(労働審判委員会)の説得活動に屈することも大いにありえます。
これに対抗するには,蛇の道は蛇,労働事件のプロの裁判所(労働審判委員会)に対しては,労働事件・労働審判手続の経験豊富な弁護士しかありません。
従って,調停の対応は代理人の弁護士の指示がない限り,基本的には代理人の弁護士に任せておきましょう。
3.4 調停だけであれば,会社側は出席しなくても大丈夫
また,そもそも調停の場面に関しては,会社側にて出席することが必須ではありません。
事前に会社・社長から弁護士に対して会社の意向や決裁権限を与えておけば,弁護士だけで調停に臨むこともできるからです。
よって,例えば,第2回労働審判期日で調停だけ行うような場合は,事前に代理人弁護士と解決方法について協議及び決裁権を付与することで,会社側の人物が出席しなくても大丈夫です。
4 まとめ
いかがだったでしょうか?
今回は,第1回労働審判手続期日に会社側で出席した際,注意するべきポイントについて説明をしました。
- 第1回労働審判期日では,争点となる事実関係や法律関係に関する審尋,調停(話し合いによる解決)が行われる。
- 発言するタイミングを間違わずに,コンパクトかつぶれない説明を誠実に行う
- 調停では,裁判所(労働審判委員会)より揺さぶりや強い説得が想定されるので,基本的に労働事件や労働審判手続に精通した弁護士に一任する
- 事前に代理人弁護士と解決方法について協議及び決裁権を付与することで,会社側の人物が出席しなくても大丈夫
などがポイントとなります。
ご参考にされば幸いです。