顧問社会保険労務士の先生に労働審判の内容である労使紛争に関する相談をすることはできます。社会保険労務士の先生は日常的に会社の実情を知り労務関係に精通するプロとして,貞節なアドバイスをもらうことが期待できます。ただ,労働審判手続や労働裁判は日常的に対応していない為,依頼も含めて弁護士に相談した方がよいでしょう。社会保険労務士の先生は労働審判手続の代理人とはなれず、労働審判手続に出席するには許可が必要です。必ずしも許可が得られる訳ではありませんので、代理人として必ず弁護士を依頼するべきです。
1 労働審判の内容である労使紛争に関する相談はOK
1.1 相談をすることは可能
まず,会社の顧問社会保険労務士の先生は,普段より会社内の労務問題を相談している会社・社長も多いと思います。
社会保険労務士の業務には,会社の労務管理その他労働に関する相談が含まれています(社会保険労務士の先生法第2条の2第2号)。
そして,労働審判手続の内容は労使紛争に発展した社内の労務問題にほかなりません。
よって,労働審判手続の内容である労使紛争やその後の労働審判手続に関する事項について相談をすることは可能です。
1.2 社会保険労務士の先生に相談するメリット
① 会社の実情を理解している
まず,顧問社会保険労務士の先生は,通常は会社内の就業規則・賃金規程その他諸規則についても,自ら制定に関与しているなど、よく良く理解しています。また,給与計算や社会保険の諸手続にも関与するなど実務を通じて密接に会社に関与しています。
また,顧問社会保険労務士の先生は,通常は日常的に会社の労務問題の相談などを受けており,会社の内部事情をよく理解していることが通常です。
よって,労使紛争について,社長の性格なども理解した上で,法律論だけではなく,納得感のあるアドバイスもしてくれることが多いと思います。
※「通常は」と記載したのは、顧問契約の内容として労務相談や就業規則制定が含まれていない等の場合には、顧問社労士が必ずしも社内事情に通じているとは限らない場合もあるということです。
② 労務問題について法律や実務に精通している
また,社会保険労務士は国家資格であり,労働基準法その他労働諸法令に関する試験をクリアしていることが前提となっています。
さらに,勉強熱心な方が多く,最新の労働諸法令に関する知識,裁判例の知識,行政通達の知識を有している方が多いです。労働法を専門としていない弁護士よりもむしろ知識を有することも多いです。
よって,労働審判手続の対象となっている労務問題の法的問題点について適切な助言をすることができることが多いといえます。
③ 労働審判手続のことも理解している
さらに,労働審判手続についても社会保険労務士会の研修や独学で知識を有している人が多くいます。場合によっては何らかの形で労働審判手続に関与した経験を有する方もいます。
よって,労働審判手続に関しても概要等について説明ができることがあります。
1.3社会保険労務士の先生に相談するデメリット
社会保険労務士の先生は,現時点で労働事件の裁判に代理人として関与することはできません。
それゆえ,社会保険労務士の先生は労働裁判を日常的に取り扱うことは少なく,実際にも裁判実務に精通している方は少ないと思われます。
労働審判手続も裁判手続の一つですので,社会保険労務士の先生が実務経験を積む機会は少ないと言えます。
また,労働訴訟や労働審判手続は,特殊な専門性を要する手続ですので,見通しを立てることは難しい業務です。
弁護士であっても労働事件を専門としていない場合は,案件によっては対応することが困難な場合も多いといえます。
それゆえ,労働審判手続について,社会保険労務士の先生に相談した場合,労働審判手続の実務を踏まえた適切なアドバイスや説明を受けることができない場合もあり得ます。
従って,第一次的に社会保険労務士の先生に相談に乗ってもらうにしても,その後の依頼も含めて労働法を専門とし,労働審判手続の豊富な経験を有する弁護士に相談することも必要であると考えます。
2 社会保険労務士は労働審判手続の代理人とはなれない
2.1 労働審判手続で代理人となれる人とは?
労働審判手続は,当事者(労働者本人,経営者である個人,会社の代表取締役等)が主体となり手続上の行為(主張・立証・審尋期日への出席等)を行います。
そして,法令により裁判上の行為をすることができる代理人(例えば,親権者,後見人,支配人等)のほかは,弁護士でなければ代理人となることができません(労働審判法4条1項)。
これは,労働審判手続も裁判の一つであり,当事者の権利関係に関わるものであり,また, 手続も複雑で専門性が高いため,これらを適切かつ効率的に行うためには,労働関係法令を含む実体法・手続法に関する十分な知識や,民事通常訴訟に関する一定の経験が不可欠であると考えられたことによります。
なお,裁判所は,例外的に,当事者の権利保護や審理の円滑な進行のため、弁護士でない者を代理人として許可することが出来ることになっています(労働審判法4条1項但し書)。
実例として,労働組合の役員や会社の人事・総務担当者を許可代理人として認めた事例がある(ジュリスト1331号20頁)との報告がある一方で,札幌地裁では,労組役員の許可代理は弁護士法72条との問題もあるので消極的に考えているとの報告もなされています(ジュリスト2008年12月増刊号59頁)。
現時点では,裁判所は,労働審判手続は,法律や手続に関する専門的な知識や経験が不可欠であり,そのような条件を満たすような者でなければ,弁護士以外の者を代理人とすることの許可をすべきでないと考えています。つまり,弁護士以外の人を代理人として許可することは基本的にはありません。
実際にも,弁護士以外の許可代理の件数は1%未満であるとのデータもあるようです。
2.2 社会保険労務士の先生と代理権
社会保険労務士は,現時点では,法律上,民事訴訟手続はもちろん,労働審判手続についての代理人となることは認められていません。
また,裁判所が労働審判法4条1項但し書に基づいて社会保険労務士を代理人として許可する可能性は極めて低いといえます。
よって,社会保険労務士が会社の代理人として労働審判手続に関与することはできません。
代理人として選任するのであれば,通常は弁護士でなければなりません。そして,代理人として依頼をするべきなのは,労働法を専門とし,労働審判手続の豊富な経験を有する弁護士となります。
3 社会保険労務士は労働審判手続に出席するには許可が必要
2.1 社会保険労務士は補佐人として労働審判手続に出席は出来ない
ところで,社会保険労務士は,事業における労務管理その他の労働に関する事項等について,裁判所において,補佐人として弁護士である訴訟代理人とともに出頭し,陳述をすることができるとされています(社会保険労務士法2条の2第1項)。
この規定を根拠に,社会保険労務士が労働審判手続についても補佐人として出頭し陳述ができるのかが問題とされます。
しかし,結論としては,この規定は労働審判手続には適用されず,裁判所(労働審判委員会)の許可がなければ補佐人として労働審判手続に関与することができないというのが現在の裁判所の考え方です 1。
2.2 社会保険労務士は参考人として労働審判手続に出席できることがある
社会保険労務士の先生は,通常は顧問先の会社から日常的に労務管理の相談を受けています。また,同じく通常は、会社の就業規則等の作成,人事制度の制定,賃金計算等の実務を担っています。
それゆえ,労働審判手続において,労務管理が争点となる場合,労務管理に密接に関与していた重要な参考人・関係者として,労働審判手続に出席することがあります。労働審判手続に出席して,いわば証人的な立場として事実関係を裁判所(労働審判委員会)の前で説明する場合があるのです。
ただし,社会保険労務士が労働審判手続へ参加するには,裁判所(労働審判委員会)の許可が必要となります。
せっかく社会保険労務士の先生が労働審判手続期日へ会社の社長や代理人弁護士らと一緒に出頭したとしても,裁判所(労働審判委員会)が許可しない場合には,労働審判手続期日に出席することは出来ません。
裁判所(労働審判委員会)は,関係者の出席の可否を,社員(労働者)側の弁護士の意向を踏まえ,決定します。
社会保険労務士の先生の出席について,特に社員(労働者・申立人)側の弁護士が反対した場合は,余程社会保険労務士の先生に話しを聞かないと事案が解明できないような場合以外は,許可されないことが多いのが実情です。
社員(労働者・申立人)側の弁護士は,なるべく会社・社長側の応援が少ない方がよいと戦略的に考えますので,社会保険労務士の先生の出席に反対する場合も多くあります。
よって,社会保険労務士の先生の出席は必ずしも確実に許可されるわけではないことに注意が必要です。
会社・社長側が弁護士を代理人として依頼せずに,労働審判手続期日に顧問社会保険労務士の先生を伴って出席しようとした場合,裁判所(労働審判委員会)の許可が得られない場合,大変なことになります。
つまり,あてにしていた社会保険労務士の先生が労働審判手続期日に出席できなくなり,社長一人で労働審判手続期日を対応せざるを得なくなります。その場合,裁判所(労働審判委員会)からの厳しい追及や質問攻めにあい,社員(労働者・申立人)側の代理人からも厳しい反対質問を受けるなどして,窮地に追い込まれることもあり得るのです。
従って,基本的には,弁護士を代理人として依頼した上で,社会保険労務士の先生にも助力をしてもらうという方法が安全かつ適切だと考えます。
4 まとめ
いかがだったでしょうか?
今回は社会保険労務士の先生は労働審判手続に関与できるかについて説明をしました。
- 顧問社会保険労務士の先生に労働審判の内容である労使紛争に関する相談をすることはできる。
- 社会保険労務士の先生は日常的に会社の実情を知り労務関係に精通するプロとして,貞節なアドバイスをもらうことが期待できる。
- ただ,労働審判手続や労働裁判は日常的に対応していない為,依頼も含めて弁護士に相談した方がよい
- 社会保険労務士の先生は労働審判手続の代理人とはなれない
- 社会保険労務士の先生は労働審判手続に出席するには許可が必要。必ずしも許可が得られる訳ではない。
- 代理人として必ず弁護士を依頼するべき
などがポイントとなります。
いかがでしょうか。ご参考になれば幸いです。
- 佐々木宗啓「類型別労働関係訴訟の実務(改訂版)」P628~630(青林書院 2021年6月25日)
「労審法4条1項ただし言は,弁護士でない者についても, 当事者の権利利益の保護及び労働審判手続の円滑な進行のために必要かつ相当と認めるときには,代理人とすることの許可をする制度を設けている。しかし,労働審判手続においては,上述したように労働関係法令を含む実体法・手続法に関する十分な知識や,民事通常訴訟に関する一定の経験が不可欠であると考えられることから, そのような要請を満たすような者を代理人とすることが求められている場合でなければ,弁護士以外の者を代理人とすることの許可をすべきでないと考えられる。
ところで,社会保険労務士は,事業における労務管理その他の労働に関する事項等について,裁判所において,補佐人として弁護士である訴訟代理人とともに出頭し,陳述をすることができるものとされている(社会保険労務士法2条の2第1項)。個別労働関係民事紛争における当事者の事実上・法律上の主張は,上記事項を含み, あるいは, これに関連する場合も少なくないと考えられる。しかし,社会保険労務士法2条の2第1項の「訴訟代理人」という文言からすれば, 同項は裁判所における社会保険労務士の活動としてもっぱら民事訴訟手続でのものを想定していると考えられるところ,弁護士法72条が弁護士以外の者による法律業務の取扱い等を禁止している趣旨からすると,労働審判手続が裁判所で行われる民事紛争解決手続として民事訴訟手続と共通点があることや,手続面で一部民事訴訟手続を簡I略化した部分があることを踏まえても,裁判所の許可なく認められる社会保険労務士の補佐人としての活動範囲を労働審判手続にまで拡張して認めるのは相当でないと考えられる。このような理由から,社会保険労務士は,労働審判手続において当然には補佐人として認められておらず,原則どおり裁判所の許可を要することになる(労審29条1項,非訟25条, 民訴60条)。」