転籍は、原則として、労働者の個別同意が必要である。
1 転籍とは?
企業との現在の労働契約を解消したうえで、新たに他企業との間で労働契約を締結し、他企業の業務に従事するものを転籍といいます(移籍出向といわれることもあります)。元の会社の身分を有したまま他の会社に就労する出向(在籍出向)と異なり、元の会社の身分を失うことが転籍の最大の特徴です。
2 転籍の有効要件
転籍には、原則的には、当該転籍が問題となった時点での労働者の個別的な同意が必要であり、労働協約や就業規則の条項を根拠に転籍を命じることや、事前の包括的同意で足りるとする考えは認められていません(裁判例の多くも同様の立場をとっています。日東タイヤ事件・最判昭48.10.19労判189、ミロク製作所事件・高地地判昭53.4.20労旬960、三和機材事件・東京地決平4.1.31判時1416-130など)。
ただし、裁判例の中には、親会社から子会社への転籍につき、親会社の入社案内に当該子会社が勤務地の1つとして明示されていたこと、採用面接時に転籍がありうる旨の説明がなされ、それに対し労働者が異議のない旨回答していること、当該子会社は実質的には親会社の一部門として扱われており、転籍も社内配転と同様に扱われてきたことなどの事情を考慮し、事前の包括的同意に基づき、転籍は有効としたものもあります(日立精機事件・千葉地判昭56.5.25労判372-49)。
3 人員削減のための転籍は認められるか?
企業の特定部門を分社化したり、事業譲渡後に譲渡会社を解散・清算したりするのに伴い、もっぱら人員削減を目的として転籍が実施される場合があります。しかし、このような場合でも、原則的に労働者の同意がなければ、会社は転籍を一方的に命じたり、強要したりすることはできません。まして、事業譲渡に伴う転籍に同意しなかったことを理由に、労働者を解雇することは認められません。裁判例には、特定部門の子会社化に伴い、労働者に転籍命令が出された際に、転籍を拒否した1人が解雇されたというケースにつき、整理解雇の要件を検討した結果、大半の労働者が転籍に応じた以上、会社はすでに経営規模の縮小を達成しており、残る1人を解雇するまでの必要性がないとし、解雇を無効としたもの(千代田化工建設事件・東京高判平5.3.31労判629)、(事業)譲渡会社と譲受会社が実質的に同一とはみなされないケースにつき、事業譲渡に伴う転籍が特定の労働者を個別に排除するためのものであったと評価して、譲受会社が労働者の選別を行えるとする事業譲渡契約の条項を公序良俗違反で無効としたもの(勝英自動車事件・横浜地判平15.12.6労判871-108)などがあります。なお、事業譲渡と異なり、会社分割の場合は、承継される事業に主として従事する労働者の労働契約は、原則的に分割契約等の定め通りに承継会社に承継されることになり、承継に際しては労働者の同意も必要とされません。