誠実交渉義務

団体交渉はどこまで応ずるべきか?(誠実交渉義務)

社長
当社は労働組合の要求について、団体交渉に応ずることとしました。しかし、どこまで応ずる必要があるのでしょうか?単に団体交渉のテーブルについて組合側の言い分を聞けばよいのでしょうか?当社の見解や根拠のほか、労働組合が要求する資料の開示まで行わなければならないのでしょうか?さらに、一定程度譲歩して組合側の要求に応じて合意をしなければならないのでしょうか?
弁護士吉村雄二郎
団体交渉に応ずる場合、使用者には労働者の代表者と誠実に交渉にあたる義務があります。あくまでも団体交渉に応ずる義務であり、組合の要求ないし主張を受け入れたり、譲歩をしたりする義務まではありませんしかし、単に団体交渉のテーブルにつくだけでは不十分です。誠実に交渉に応ずるとは、労働組合の要求や主張に対して、回答や主張を行い、必要によっては、それらにつき論拠を示したり、必要な資料を提示したりすることを意味します。

1 団体交渉義務の内容

組合の要求や主張に応ずる義務ではない

労組法7条2号は「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」を不当労働行為とし,使用者には団交に応ずる義務(団体交渉応諾義務)を課しています。

こう聞いて、労働組合の言うがままに要求に応じたり、譲歩をしなければならないと考え恐怖におののいている経営者の方も多いです。が、そうではありません。

団体交渉義務は、あくまでも団体交渉に応ずる義務であり、組合の要求ないし主張を受け入れたり、譲歩をしたりする義務まではありません

ただし、団体交渉応諾義務の内容として、団体交渉のテーブルにつけばよいというほど甘くいものではありません。

団体交渉に「誠実に」応じなければならない

この団交応諾義務については,使用者には労働者の代表者と誠実に交渉にあたる義務があります。

誠実に交渉に応ずるというのは、「私、誠実ですよ」(真顔)と使用者が内心で思うことを意味しません(当然ですが)。

また、単に組合の要求や主張を「はいはい(どっちにしろ組合の要求には応じないけど)」と聴くだけで不十分です。

誠実に交渉に応ずるとは、労働組合の要求や主張に対しその具体性や追求の程度に応じた回答や主張を行い、必要によっては、それらにつき論拠を示したり、必要な資料を提示したりすることを意味します。また、合意を求める組合の努力に対しては、そのような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があります。

カール・ツアイス事件(東京地判平元.9.22 労判548号64頁)
「労組法7条2号は、使用者が団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止しているが、使用者が労働者の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったとは認められないような場合も右規定により団体交渉の拒否として不当労働行為となると解するのが相当である。このように、使用者には、誠実に団体交渉にあたる義務があり、したがって、使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるものと解すべきである。」

2 誠実交渉義務の内容

不誠実な交渉と評価される場合

窓口拒否

使用者がおよそ団体交渉の席につくこと自体を正当な理由なく拒否する場合が不誠実と評価されることは言うまでもありません。

正当な理由として使用者が主張するのは、労働組合側に団交当事者性がないこと,交渉担当者に問題があること(とくに上部団体役員の参加),対象事項が「経営権」事項であるなど義務的団交事項でないこと,交渉ルールが未確立であるか労働組合の要求する態様に問題があること,などであります。これらが団交拒否の正当な理由に該当するかどうかは,それぞれの問題に即して具体的に検討する必要があります。

合意達成の意思のないことを最初から明確にした交渉態度

たとえば、「当会社では労働協約締結の意思はない」と最初から宣言するような交渉態度の場合です。

交渉権限のない者による見せかけだけの団体交渉

使用者側の交渉担当者が実際上交渉権限を与えられておらず、ただ「承っておく」、「社長に聞いて返事をする」というだけで何一つ進展しないというような場合です。

拒否回答や一般論のみで議題の内容につき実質的検討に入ろうとしない交渉態度

中身のない団体交渉を行う場合です。

カール・ツアイス事件(東京地判平元.9.22 労判548号64頁)
「二回の団体交渉での原告の対応は、全体としてみれば、組合の要求等を真摯に検討し、これに応じられないのであればその理由、根拠を十分説明し、組合を説得しようとの態度がなかったといわざるをえず、団体交渉に誠実に応じたものということはできず、労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であると認めるのが相当である」

合理性を疑われる回答への誠実な説明のないままの固執する場合

たとえば、従来の基準からまったく離れた内容の回答をして、しかもその論拠に関する具体的説明をしないままにその回答に固執する場合など

エス・ウント・エー事件(東京地判平9 .10.29 労判725号15頁)
「会社は組合の要求を拒否するだけで、拒否回答の具体的な根拠等を示さず、対立点を可能な限り解消させようとの努力もしていないこと、その後も会社は組合から11項目要求事項の⑥、⑧ないし⑪項を含む15項目要求事項について団体交渉の申入れを受けたが、文書で拒否回答をしただけでこれに応じず、右会社回答を議題とする団体交渉を申し入れて設定された団体交渉においても、要求事項の半分以上は協議されず、また協議された事項についても双方の主張の対立を埋めるような協議はされなかったにもかかわらず、会社はその後本件命令発出までの間、組合からの団体交渉の申入れに一切応じなかった」「会社が組合の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったものとは到底認められず、労組法七条二号にいう団体交渉の拒否に当たり、不当労働行為になるというべきである」

組合の要求・主張に対する回答・説明・資料提示などの具体的対応が不足する場合

普連土学園事件(東京地判平成7.3.2労判676号47頁)
他の私立学校との賃金格差の是正のため、 組合が求めた人事資料の開示を拒否する理由として、ただ「人事の機密に属する」、「組合員の労働条件とは関係がない」と単に回答したにとどまり、これ以上にその理由を説明しようなどとはしなかった使用者の態度が誠実交渉義務違反に該当するとした事例
シムラ事件(東京地判平9.3.27労判720号85頁)

使用者は、団体交渉において、単に組合の要求や主張を聞き、反論するだけではなく、組合の要求や主張に対しその具体性や追求の程度に応じた回答や主張をなし、必要によっては論拠を示し、資料を提示する必要があるとし、労災の業務起因性に関する資料の開示や自ら検討すると言いながらその検討結果を示さなかった等の態度が不誠実団交にあたるとした
ソクハイ事件(東京地判平27.9.28労判1130号5頁)
テーエス運輸事件(大阪高判平26.1.16労判1092号112頁)・・・団体交渉における親会社の連結財務諸表の不開示は誠実交渉義務に反しないとされた事例

不誠実な交渉と評価されない場合

交渉行詰まりによる交渉の打切り

労使双方が当該議題についてそれぞれ自己の主張・提案・説明を出し尽くし、これ以上交渉を重ねても進展する(いずれかが譲歩したり、新たな提案をする)見込みがない段階に至った場合には、使用者は交渉を打ち切ることが許されます。
池田電器事件(最三小判平4.2.14労判614号6頁)
「倒産、解雇、再建などの問題について」と題する、労働組合の団交要求を拒否し、その後破産宣告を受けるに至った会社に対する労働委員会の団交応諾命令についての取消請求事件について、労働組合の会社再建、解雇撤回の要求について、労組と使用者との主張は対立し、いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みはなく、団体交渉を継続する令地はなくなっていたというべきであるから、被上告人が右の問題につき団体交渉の継続を拒否していたことに正当な理由がないとすることはできないと判断した。
ユアサ商事事件(中労委命令平27.7.16)
高年齢者雇用安定法に基づく継続雇用について、労働組合との間で半年間に5回の団体交渉を行ったが、労使間において同法上の継続雇用義務の解釈と運用に関する見解に大きな相違があり、組合と会社の間で更に交渉を重ねても、それ以上進展する見込みがない段階に至っており、少なくとも第5回団体交渉の時点で、会社と組合の間の団体交渉は行き詰まりに達していたと評価した。
ただし、交渉行詰まりによる打切り後においても、事情の変化によって交渉再開が有意義なものとなる可能性がある場合は、使用者は交渉再開に応ずる義務があります。

個別の団体交渉の打切

個別の団体交渉期日において、団体交渉が不相当にヒートアップし、労使双方が騒然としている場合、団体交渉を正常化するために当該団体交渉を一旦打ち切り、使用者側より書面の提出や別日での再交渉を求めることは許されます。

大久保自動車教習所事件(東京地裁令4.2.2 TKC25592112)
使用者が,組合側からの質問に回答せずに質問を書面で出すよう繰り返し「電気を消すから出て行け」と言って交渉を打ち切った行為が,労組法7条2号の団体交渉拒否に当たるかが争われた事案。裁判所は、団交において,使用者が一定の回答を行っており「全く回答していなかったものではなかった」こと、「本件団交では,労使双方が騒然とする中でやり取りが行われていたこと」から、「質問や要求を改めて書面で出すよう求めたとしても直ちに不相当なものではなく,実際にその後も,後記のとおり,本件回答書等により団体交渉が継続されていたといえることから」使用者は、「団体交渉を正常化するために一旦本件団交を打ち切ったにすぎず,これが正当な理由のない団体交渉拒否に当たるとはいえない」と判断した。

使用者の強い言葉による発言

団体交渉では、労使がヒートアップして、事後的にみれば不適切といえる発言を行う場合もあります。しかし、労働組合側が挑発的とも取れる態度で団体交渉に臨んでいるような場合、労使双方が騒然とした状況で発せられた言葉は、必ずしも団体交渉拒否と評価されるわけではありません。

大久保自動車教習所事件(東京地裁令4.2.2 TKC25592112)
使用者が,「おまえら」,「あほか」,「ドロボウと一緒」,「ちょろまかし」,「レベルが低すぎる」などと言ったほか,発言中に机をたたいたことが、労組法7条2号の団体交渉拒否に当たるかが争われた事案。裁判所は、組合は,事前に交渉事項を示さなかったばかりか,使用者に対し,挑発的とも取れる態度で本件団交を開始した上,意図的に同じ質問や確認などを繰り返した場合、使用者の各言動は,組合の態度対応に触発され,また,労使双方が冷静さに欠けるやり取りの中でされたものであるから,適切なものとはいえないものの,なお,誠実交渉義務違反として団体交渉拒否に当たるとか,組合の自主的運営,活動を妨害するものとして支配介入に当たるとまでいうことはできないと判断した。

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