インフレによる物価高騰に歯止めがかかりません。企業による取り組みとしてインフレ手当の支給があります。インフレ手当の金額、一時金・月額手当の支給方法について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
インフレ手当とは
インフレ手当の定義
「インフレ手当」とは、急激な物価上昇(インフレ)を背景に、従業員の生活費を補助することを目的に、通常の賃金とは別に追加して支給する手当をいいます。
「インフレ手当」のほかにも「物価手当」「生活応援支援手当」など、企業によって名称は異なりますが、⑴急激な物価上昇(インフレ)を背景に、(2)従業員の生活費を補助することを目的に、(3)通常の賃金とは別に追加して支給するという点では共通しています。
インフレ手当の背景
インフレ手当の背景はいうまでもなく2022年からの急激な物価高になります。
帝国データバンクが食品主要105社に行った調査 1によると、2022年10月には今年最多となる6,700品目の商品が値上げされ、1世帯あたり年間約7万円の負担増となることが試算されています。2023年においてもこの傾向は続き長期化することが予想されています。
値上げの背景にはさまざまな要因がありますが、コロナ禍から回復したことによる物の需要の急拡大、ロシアのウクライナ侵攻を契機とした食糧不足、急激に進む円安、原材料価格の高騰など様々であり、近い将来に解消されるとは想定されていません。
今後も物価高が継続することが想定され、物価高の負担を生活費の補填として企業が支出することが望まれ、それに対応して支給する動きがみられるのがインフレ手当なのです。
インフレ手当を支給したのは企業全体の6.6%
もっとも、物価高に応じて支給する企業がみられるインフレ手当ですが、帝国データバンクのデータ 2(以下「データ」)によると実際に支給したのは全体の6.6%に留まっているのが現状です。
「支給した」企業(6.6%)のほかに、「支給を予定している」は5.7%、「支給していないが、検討中」は14.1%となり、合わせると全体の4社に1社(26.4%)がインフレ手当に取り組んでいるとされています。
他方、「支給する予定はない」は63.7%となっています。つまり、全体の半分以上の企業は支給する予定はないのです。
支給する予定はない企業の理由としては、「インフレで会社の営業収支自体が悪化しており、まずはそちらの対策が優先と考えている」「企業の仕入れコストが上昇傾向にあるなかで自社業績が悪化し、従業員へ金銭的な補填をする余裕がない」「会社自体も電気代などのコストが上昇しており、それら全てを製品に価格転嫁できていないなかで、社員に対して手当を出すことは難しい」(前掲データ)という声があげられています。
インフレ手当の金額
インフレ手当を支給するとして、実際にはどのくらいの金額を支払うのがよいのでしょうか。
データによれば、平均支給額が一時金額5万3,700円、月額手当が6,500円とされています。
ただ、これは大企業を含めた平均値ですので、中小企業の場合もこの金額とは限りません。
データによれば、「一時金」の支給額は、「1万円~3万円未満」が27.9%で最も多く、「3万円~5万円未満」および「5万円~10万円未満」が21.9%となった。「10万円~15万円未満」は9.1%、「15万円以上」は7.3%と、10万円以上を支給する企業は15%超にのぼったとのことです。中小企業の一時金は1万円から3万円程度と推定されます。
「月額手当」の支給額は、「3千円~5千円未満」と「5千円~1万円未満」が30.3%で最も多く、「3千円未満」(26.9%)が続き、1万円未満が全体の9割となった。「1万円~3万円未満」は11.8%、「3万円以上」は0.8%となったとのことです。中小企業の月額手当は1,000円~3,000円程度が相場と推定されます。
インフレ手当の支給方法(一時金・月額手当)
インフレ手当を支給するとして、どのように支給するべきなのでしょうか?
一時金としてまとめて支払う方法と月額手当として月々支払う方法がありますので、見ていきましょう。
一時金としてインフレ手当を支払う
月々の一定額の手当として支払うのではなく、まとめて一時金として支払う方法です。
データでもインフレ手当を支給方法として66%の企業が一時金の方法を採用しています。
これにも方法が2つあり、賞与として支払う方法と、賞与以外の一時金の手当として支払う方法があります。
賞与として支払う方法 おすすめ
既存の賞与制度(夏季賞与、冬季賞与、決算賞与など)の枠組の中で、本来の賞与額に追加して支払う方法です。
支給金額は、一律額を上乗せ、基本給の●%など割合を乗じて上乗せ、扶養家族数に応じて上乗せ、などパターンはあり得ます。
既存の賞与制度の下で行いますので、新たに就業規則の変更等は必要ありません。
賞与として支払う会社側のメリットは、(1)就業規則の変更等の手続不要、(2)賞与は会社の裁量で支給額を決められるのが通常ですので、インフレ手当相当額を一回追加しても、次の賞与で支払うか否かは会社の裁量で決められる(継続的にインフレ手当相当額の上乗せ義務は発生しない)、(3)賞与として支払うので残業代計算のベースにしなくてよい(労基法37条5項、労基則21条5号)という点が挙げられます。
一時金の手当として支払う方法
既存の賞与制度とは別に、「インフレ手当」等の名目で一時金として支払う方法です。
支給金額は、一律額を上乗せ、基本給の●%など割合を乗じて上乗せ、扶養家族数に応じて上乗せ、などパターンはあり得ます。
既存の賞与制度とは別に支給し、就業規則で定めていなかった手当となる場合は、新たに就業規則に追加変更する必要があります。
賞与として支払う会社側のメリットは、賞与とは別に、適宜のタイミングで支給することが可能となる点です。
他方で、デメリットは、(1)就業規則の変更の手続が必要、(2)就業規則等の設定によっては会社の裁量で支給額を決めらず継続的に支払うことが義務化されるリスクがある、(3)残業代計算のベースにする必要がある(労基法37条5項、労基則21条5号)という点が挙げられます。規程例は下記の月額手当として支払う場合
このようなデメリットを考えると、賞与として支払うことが無難だと思われます。
月額手当として支払う
月々の一定額の手当として支払う方法です。
支給金額は、一律額を上乗せ、基本給の●%など割合を乗じて上乗せ、扶養家族数に応じて上乗せ、などパターンはあり得ます。
既存の賃金とは別に支給し、就業規則で定めていなかった手当となる場合は、新たに就業規則に追加変更する必要があります。
月額手当として支払う会社側のメリットは、資金繰りの上で、負担を一時金よりは平準化できるという点です。
他方で、デメリットは、(1)就業規則の変更の手続が必要、(2)就業規則等の設定によっては継続的に支払うことが義務化される(実質ベースアップ)リスクがある、(3)残業代計算のベースにする必要がある(労基法37条5項、労基則21条5号)という点が挙げられます。
就業規則 規程例
第●条(インフレ手当)
1 会社は、急激な物価上昇(インフレ)を背景に、従業員の生活費を補助することを目的として、期間を限定してインフレ手当を支給することがある。
2 インフレ手当の金額、支給期間、支給対象社員、支給方法(月額又は一時金)については、総務省発表の消費者物価指数、会社の業績、既定の賃金額、扶養家族の人数等を勘案して、会社の裁量により個別に決定するものとする。
このようなデメリットを考えると、賞与として支払うことが無難だと思われます。リスクを回避して月額手当として支給する場合は、インフレ手当は、(1)期間限定であること、(2)会社の判断でいつでも停止できること、(3)支給金額や支給条件は会社の裁量で見直すことができること、を必ず就業規則に明記した上で支給を行うべきでしょう。
まとめ
以上、おわかり頂けましたでしょうか。
ご参考になれば幸いです。