労基法17条は,「使用者は,前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金とを相殺してはならない。」と規定しています。しかし,労使間において使用者が労働者に対して金銭を貸し付けることは往々にしてなされることであり(社内貸付金制度など),賃金から差し引くことを予定して貸付がなされることも多くあります。労基法17条の趣旨は,労働者に強制労働を防止し,労働者の退職の自由を守ることにあります。本条の前貸金にあたるか否かは,貸付けの原因(当事者間の関係も含む),貸付期間・金利の有無・高低,弁済の方法等の要素をもとにして,労働強制の危険を伴うかどうか,退職の自由を制限するかどうかを総合的に考察し,実質的に賃金の前払であるか貸付金であるかによって判断すべきです。
次に,労基法25条との関係で,使用者側に貸付を行う義務はあるかという問題です。労基法25条は,「使用者は,労働者が出産,疾病,災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては,支払期日前であっても,既往の労働に対する賃金を支払わねばならない。」と定めています。ここで「厚生労働省令で定める非常の場合」とは,労働基準法施行規則9条において列挙されています。
ご質問の場合,社員の妻が,社員の収入によって生計を維持する者といえるならば,その疾病は厚生労働省令で定める非常の場合に該当するので,ご質問の会社は社員に賃金の非常時払いをしなくてはなりません。非常時払いの対象は「既往の労働に対する賃金」ですので,会社は請求日までで,支給日未到来の賃金について非常時払いをする義務はありますが,貸付を行うかは,専ら会社の判断によります。