我が国のインフルエンザの患者数は12月から全国で流行期に入ることが通例です。
新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以降は、新型コロナウイルスの感染拡大とインフルエンザが同時流行となることもあります。
インフルエンザは38℃以上の高熱、頭痛、関節痛、筋肉痛、全身倦怠感等の重篤な症状が出るのが一般的ですが,それに加えてウイルス拡散による感染力が強く,短期間で感染が拡がるという点が特徴です。
社員の中でインフルエンザに感染している者がいる場合,社内で感染が拡がり病欠するものが続出するなど,事業に支障が生ずることもあります。
そこで,感染した社員の出勤を禁じてよいのか?出勤を禁止している期間は休業手当を払う必要があるのか?医師への受診を命じられるのか?などについて分かりやすく説明したいと思います。
なお,インフルエンザには,季節性のインフルエンザと新型インフルエンザがありますが,以下季節性のインフルエンザについて説明し,末尾で新型インフルエンザについて説明します。
全体像の把握
まずは、全体造について説明します。
ポイント1 インフルエンザの受診命令が出来るか否か
・ 受診の勧奨は可能(受診費用は通常社員の自己負担)
・ 受診命令も可能(受診費用は通常会社負担)
ポイント2 出勤禁止・自宅待機命令が出来るか否か
・ 出勤禁止・自宅待機命令が可能
・ 自宅待機期間中は休業手当・賃金の支払不要
・ 出勤禁止・自宅待機命令も可能
・ 自宅待機期間中は休業手当・賃金の支払必要
ポイント3 有給休暇や傷病手当金の申請の有無
①有給休暇を消化する場合は賃金を支払う必要があります。
②また,被用者保険に加入されている方であれば、要件を満たせば、各保険者から傷病手当金が支給されます。利用可能な場合は、傷病手当金の請求を従業員に案内してあげると良いでしょう。
既にインフルエンザに感染している場合
まず,社員が医師の診察を受けた結果,インフルエンザへの感染が確認され,医師から外出を禁止されている場合について検討します。
出社せず休養するよう「勧奨」する
この場合,既にインフルエンザに感染している社員が会社に出社すると,他の社員へインフルエンザの感染が拡がる可能性が非常に高くなります。
そこで,まずは,感染した社員に対し,出社しないで自主的に休む(病欠・有給休暇の消化)よう勧奨します。
これは,会社からの「命令」ではなく,あくまでも社員が自主的に休むことを促す(「勧奨」)点がポイントです。
社員がこれに応じて欠勤する期間は,私傷病による欠勤ですので賃金は原則として発生しません(ノーワークノーペイの原則)。
また,社員が自主的に休む場合は,有給休暇を取得する場合が殆どです。
なお,無理矢理有給を使わせることは出来ませんので,あくまでも社員の自主性に委ねることは注意をしてください。
インフルエンザの社員に出社禁止・自宅待機命令を出す
会社が休むように勧めても,インフルエンザに感染した社員の中には「仕事を中断したくないので休みたくない」「別室で単独で仕事をするので大丈夫」などと言って出社しようとする者もいます。つまり,会社からの勧奨に応じない場合です。
このように自主的に休みをとらない社員に対して,会社は,インフルエンザを治すまで会社への出社を禁止することを命ずることができるのでしょうか?この場合は,社員が自主的に休むことを勧めるのではなく,あくまでも会社からの命令である点がポイントです。
結論としては,会社は,インフルエンザが治るまでの間,出社禁止・自宅療養を命ずることが出来ます。
会社は,インフルエンザの感染し不完全な健康状態の社員の労務提供を拒否することができますし,他の社員の健康・安全に配慮して事業の継続性を維持するために出社を禁止することは正当な理由といえるからです。
参考 現在、学校保健安全法(昭和33年法律第56号)では「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては、3日)を経過するまで」をインフルエンザによる出席停止期間としています(ただし、病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めたときは、この限りではありません)。
なお,出社を禁止して療養を命じた社員の業務については、他の社員が引き継ぐ等して,当該社員が療養に専念できるように配慮することも望ましいといえます。
※「自宅待機命令書」のフォーマットは末尾参照
自宅待機命令期間中の賃金は払わなくてよい
では,会社が社員に対して,出社禁止を命じている期間中,会社は賃金又は休業手当を支払う必要はあるのでしょうか?
結論としては,会社は,出社禁止を命じた社員に対して,賃金はもちろん,休業手当も支払う必要はありません。
当該社員が医師よりインフルエンザに感染し外出が禁止されている以上,「使用者の責に帰すべき事由」(労基法26条)及び「債権者の責めに帰すべき事由」(民法536条2項)のいずれも認められないといえるからです。
なお,もちろん社員が有給休暇を取得する場合は有給処理となります。実際には有給を取得する場合は殆どでしょう。
治癒証明書を提出させる必要はない
一般的に、インフルエンザ発症前日から発症後3~7日間は鼻やのどからウイルスを排出するといわれています。排出されるウイルス量は解熱とともに減少しますが、解熱後もウイルスを排出し,排出期間の長さには個人差があるとされています。
そこで,予防を徹底する観点から社員が復帰する際に,治癒証明書の提出を要求することができるのでしょうか?
結論としては,法的には可能ですが,治癒証明書の提出は不要かつ無意味であり,病院(医療機関)に不要な負担をかけるので,提出を求めるべきではないと考えます。
まず,法的には,就業規則等に明記することにより,治癒証明書の提出を求めることは可能です。
しかし,インフルエンザは,「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては、3日)を経過し健康が回復すれば外出の自粛を終了することが可能であると考えられて」います。また,インフルエンザ検査は100%正確なものではなく,医師が治癒を証明すること自体に無理があると考えられています(結局は,解熱した時期は患者の自己申告によらざるを得ないため)。
よって,わざわざ治癒証明書を取得する必要性は乏しいといえます。
加えて,治癒証明書を取るために病院に通院させることは当該社員の時間・体力を奪うことになります。のみならず,医療機関の医師の時間をも奪い,本当に治療が必要な患者の妨げになって,病院・医師に無駄な負担をかけるという意味でも社会的損失といえます。このことは、新型コロナウイルスとインフルエンザが同時流行している場合はなおさらです。
以上から,治癒証明書の提出を要求することは無意味であると考えます。
実際には社員からの申告(解熱時期及び回復状況など)に基づいて,出社時期(例えば,解熱した後2日など)を決定するべきです。
感染が疑わしい場合
以上は,社員がインフルエンザに感染していることが既に確定している場合です。これに対して,社員が,インフルエンザへの感染している疑いがあるに過ぎない場合はどのように処理するべきでしょうか?この時点では,インフルエンザに感染したことが医師の診断等によって確定していないものの,事業所での検温結果や、当該社員が訴えている症状(高熱、頭痛、関節痛、筋肉痛、全身倦怠感等)から感染の疑いがあるという点がポイントです。
医師への受診及び結果の報告を命ずる
⑴ 医師の受診の勧奨
まずは,インフルエンザ感染の疑いのある社員について,医師の診療を受けるよう勧奨します。感染したか否かは医師の診断によらざるを得ないからです。
まずは,命令ではなく,社員の自主性に任せて,医師への受診を勧めるという点がポイントです。また,医師の受診結果も(任意に)報告するよう求めるようにしましょう。
なお、勧奨に応じて社員が任意に受診する場合は、費用は社員が負担することが通常です。
⑵ 医師の受診命令
しかし,会社の勧めに応じず,社員が医師の診察を受けない場合は,会社は医師の受診を命令することはできるのでしょうか?
結論としては,会社はインフルエンザの疑いのある社員に対して,医師の受診を命ずることは可能です。
ただし,その為には就業規則上の根拠が必要です。会社が社員の健康状態を把握する為に必要と認める場合に(会社指定の)医師への受診命令及び結果報告義務について,就業規則で定めておくことが必要になります。
会社は,定期健康診断以外にも,従業員に対し,健康診断の受診ないし会社の指定する医師への受診及びその結果を報告することを命ずることができる。
※「受診命令書」の書式は末尾参照
医師の受診の結果,インフルエンザに感染したことが確認された場合は,上記「既にインフルエンザに感染している場合」の対応となります。
就業規則に根拠があるだけでなく、受診命令を行う必要性・相当性があることが必要です。例えば、検温の結果、高熱が出ており、本人が報告する症状(高熱、頭痛、関節痛、筋肉痛、全身倦怠感等)から感染の合理的な疑いが認められる場合は、必要性・相当性が認められます。
出社せず休養するよう勧奨する
インフルエンザの疑いのある社員が会社に出社すると,万が一インフルエンザに感染している場合,他の社員へインフルエンザの感染が拡がる可能性が非常に高くなります。
そこで,まずは,感染した疑いのある社員に対し,出社しないで自主的に休む(病欠・有給休暇の消化)よう勧奨します。
これは,会社からの「命令」ではなく,あくまでも社員が自主的に休むことを促す点がポイントです(「命令」とすると休業手当・賃金を支払う必要が生じます。)。
社員がこれに応じて欠勤する期間は,私傷病による欠勤ですので賃金は原則として発生しません(ノーワークノーペイの原則)。
また,社員が自主的に休む場合は,有給休暇を取得する場合が殆どです。
在宅勤務を命ずる
インフルエンザの疑いのある社員が、在宅勤務可能な場合は、在宅勤務を命ずることも可能です。
当該社員が出社することによる他の社員の感染のリスクを回避できること、当該社員の出社を負担を軽減することで健康に配慮できること、在宅勤務という形で業務が継続できることという点で合理性を有するからです。
スムースに在宅勤務を命ずることができるよう、事前に、社員の健康状態に鑑みて会社都合で在宅勤務を命ずることができる根拠や在宅勤務の場合の処遇を「在宅勤務規程」で整備しておくよとよいでしょう。
参考記事
10分で分かる!在宅勤務規程の作り方(規程例・フォーマットあり)
出社禁止・自宅待機命令を出す
インフルエンザに感染した疑いのある社員の中には「単なる風邪であってインフルエンザではない」「仕事を中断したくないので休みたくない」などと言って出社しようとする者もいます。
このように自主的に休みをとらない社員に対して,会社は,インフルエンザを治すまで会社への出社を禁止することを命ずることができるのでしょうか?この場合は,社員が自主的に休むことを勧めるのではなく,あくまでも会社からの命令である点がポイントです。
結論としては,会社は,インフルエンザの疑いが無くなるまでの間,出勤の禁止して自宅待機を命令することが出来ます。
会社は,インフルエンザに感染した疑いがあるに過ぎない場合であっても,高熱等の症状のある不完全な健康状態の社員の労務提供を拒否することができるからです。
また,この場合,他の社員の健康・安全に配慮するという観点もあります。
そこで,会社はインフルエンザの疑いが無くなるまで,または,病状が治るまでの期間,出社を禁止することが出来ます。
参考現在、学校保健安全法(昭和33年法律第56号)では「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては、3日)を経過するまで」をインフルエンザによる出席停止期間としています(ただし、病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めたときは、この限りではありません)。
ただし、在宅勤務を命ずることが可能な場合は、自宅待機命令を出す前に、在宅勤務を命ずることを検討する必要があります。
自宅待機期間中,賃金又は休業手当を支払う必要がある
では,自宅待機期間中,会社は,社員に対して,賃金又は休業手当を支払う必要がないのでようか?
この場合は,インフルエンザの疑いがあるに過ぎないので問題となります。
結論としては,感染の疑いがあるに過ぎない段階では,会社は自宅待機を命じた社員に対して,賃金又は休業手当を支払う必要があります。
当該社員がインフルエンザに感染した疑いがあるだけの段階において,会社の判断で出社を禁ずることは,いわば会社都合による自宅待機となります。
この場合は,「使用者の責に帰すべき事由」(労基法26条)及び「債権者の責めに帰すべき事由」(民法536条2項)のいずれも認められるといえるからです。
なお、就業規則等により民法536条2項の適用が排除されていない場合は、基本的には賃金全額を支払う必要があります。
もちろん、出勤禁止期間中に、社員が任意に有給休暇を取得する場合は有給処理となりますが,無理に有給休暇を取得させることは出来ません。
参考書式・フォーマット
インフルエンザ感染を理由とした自宅待機命令書
ポイント
- 根拠を明記すること
- 自宅待機期間を明記すること
- 自宅待機中の賃金(無給)について明記すること
- 有給休暇取得、傷病手当金の申請についても案内すること
- 自宅待機期間中の注意事項について明記すること
ファイルの入手はこちらから
有料(1980円) Wordファイルを入手
インフルエンザの疑いがある場合の受診命令書
ポイント
- 根拠を明記すること
- 受診のみならず、受診結果の報告義務も明記すること
- 受診費用についても案内すること
- 受診結果提出まで自宅待機させる場合はその旨明記すること(賃金は支給)
- 受診に応じない場合は懲戒処分の対象となり、また、健康上の問題があるとみなして労務提供を拒否(無給)することを明記すること
ファイルの入手はこちらから
有料(1980円) Wordファイルを入手
インフルエンザの疑いがある場合の自宅待機命令書
ポイント
- 根拠を明記すること
- 自宅待機期間を明記すること
- 自宅待機中の賃金について明記すること(就業規則で民法536条2項の適用排除している場合は休業手当だけでよい。そうでない場合は、賃金100%の支給をすること)
- 有給休暇の申請は可能であること
- 自宅待機期間中の注意事項について明記すること
ファイルの入手はこちらから
有料(1980円) Wordファイルを入手
新型インフルエンザへの対応
新型インフルエンザとは、季節性インフルエンザと抗原性が大きく異なるインフルエンザであって、一般に国民が免疫を獲得していないことから、全国的かつ急速なまん延により国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいいます。
新型インフルエンザが通常のインフルエンザと異なるのは,新型インフルエンザについてほとんどの人が免疫をもっていないため,感染しやすく全国的かつ急速にまん延する可能性が高いということにあります。
また,新型インフルエンザは病原性が不明であり,強毒型の場合には重症化したり死亡したりする確率が高くなります。さらに,治療方法がみつかるまで時間がかかるため,労働者の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあります。
このように,新型インフルエンザのような感染力の強い感染症については,企業として,感染拡大防止の措置を講じることが重要であり,いかなる措置を講じるかをあらかじめ検討しておく必要があります。
具体的な新型インフルエンザの対応方法は,上記季節性インフルエンザへの対応方法をそのまま前提とすることで問題ありません。ただし,新型インフルエンザは季節性インフルエンザ以上に感染力が強いことから,企業としては感染の予防の為により一層積極的な措置が求められます。すなわち,医師への受診命令や結果報告義務,出勤禁止命令をより積極的に運用するほか,以下のような対応が望まれます。
●新型インフルエンザ等の対策体制の検討・確立 ●従業員に対する感染対策の検討・実施 ・症状ある従業員の出勤停止,発症者の入室方法の検討・実施 ・マスク着用・咳エチケット・手洗い・うがい,職場の清掃などの基本的な感染予防対策の推奨 ●感染対策を講じながら業務を継続する方策の検討・実施 ・在宅勤務,時差出勤,出張・会議の中止 ・職場の出入口や訪問者の立ち入り場所における発熱チャック,入場制限 ・重要業務への重点化 ・人員計画立案,サプライチェーンの洗い出し等 ・欠勤者が出た場合に備えた,代替要員の確保 ●従業員に対する教育・訓練 ・職場に「症状がある場合は,自宅療養する」という基本ルールを浸透させる (内閣官房「新型インフルエンザ等対策ガイドラインの概要」より)
まとめ
以上,おわかりいただけましたでしょうか?
企業は手洗い・うがいなどの日常的な予防策を社員へ勧めるとともに,医師への受診命令や結果報告義務,出勤禁止命令(その場合の賃金支払の要否)などを駆使して対応をすることが可能であり,かつ,要請されます。
企業におけるインフルエンザ対策として参考になれば幸いです。