社員の給料が差押えられた場合の会社が取るべき対応について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
給与の差押えとは
給料の差押えは強制執行の一つ
給料の差押えとは、法律が定める裁判所を通じて行う強制執行です。
簡単に事例を踏まえて説明します。
社員が消費者金融で借金をしていたとします。借金は、法的には金銭消費貸借契約であり、消費者金融は社員に対して貸金返還債権にも基づいて借金の返済を求めることができます。
しかし、社員が借金を返さない場合、消費者金融は社員を相手取り、裁判所に貸金返還訴訟を提起します。裁判所が証拠などから消費者金融の請求を認めた場合は、社員に対して消費者金融へ金銭を支払うように命ずる判決を出します。
もっとも、社員が判決内容に従って金銭を支払わない場合は、消費者金融は別途、裁判所を通じて強制執行を行う必要があります。
強制執行には、主に、①社員の所有不動産を差押える不動産執行、②社員の所有マイカーなどを差し押さえる動産執行、③そして、社員が有する債権を差し押さえる債権執行があります。
③の債権執行は、具体的には、社員の給料債権、預金債権、保険金債権などを対象にすることがありますが、今回は、債権執行のうち、社員の給料債権を差し押さえたものになります。
差押えがなされますと、「裁判所」から、会社へ「債権差押命令」が郵送されます。
具体的には、次のような内容となっています。
令和●年(ル)第●●●●号
債権差押命令
当事者別紙当事将| l録記戦のとおり
請求債権別紙請求債権目録記救のとおり
1 値権者の申立てにより、上記請求債権の弁済に充てるため、別紙請求債権目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき、債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権を差し押さえる。
2 債務者は、前項により差し押さえられた債権について、取立てその他処分をしてはならない。
3 第三債務者は、第1項により差し押さえられた債権について、債務者に対し、弁済をしてはならない。
令和●年●月●日
●●地方裁判所民事第●部
裁判官 ●●●●
これは正本である。
令和●年●月●日
●●地方裁判所民事第●部
裁判所書記官 ○○○○
※債権差押命令の結論的内容が記載されています。
当事者目録
〒○○○-○○ 東京都新宿区○○○○○○
(送達場所)
〒○○○-○○ 東京都新宿区○○○○○○
債権者 モバイル信金株式会社
代表取締役 喪黒倍増
〒○○○-○○ 東京都足立区○○○○○○
債務者 甲野太郎
〒○○○-○○ 東京都千代田区○○○○○○
第三債権者 株式会社○△商事
代表取締役 ○野△太郎
※債権差押命令の当事者が記載されています。債権差押命令には、「債権者」「債務者」「第三債務者」という肩書が記載されており、先程の例でいえば、「債権者」が消費者金融、「債務者」が労働者、「第三債務者」が会社となっています。
請求債権目録
●●地方裁判所 令和●年(ワ)第XXX号 貸金請求事件の執行力ある判決正本に表示された下記金員及び執行費用
元金 ○○○○円
確定利息 ○○○○円
確定損害金 ○○○○円
損害金 ○○○○円
執行費用 ○○○○円
(内訳)・・・省略
合計金 ○○○○円
※債権者(消費者金融など)の債務者(労働者)に対する債権の内容及び額が記載されています。
差押債権目録
金 ○○○○円
ただし、債務者が第三債務者から支給される、本命令送達日以降支払期の到来する給料債権(基本給と諸手当。ただし、通勤手当を除く。)及び継続的に支払を受ける労務報酬債権(日給、週給、歩合手当、割増金)並びに賞与債権(夏季、冬季、期末、勤勉手当)の額から所得税、住民税、社会保険料を差し引いた残額の4分の1 (ただし、給料債権及び継続的に支払を受ける労務報酬債権から上記と同じ税金等を控除した残額の4分の3に相当する額が、下記一覧表記載の支払期の別に応じ、同記載の政令で定める額を超えるときは、その残額から政令で定める額を控除した金額。また、賞与債権については、上記税金等を控除した残額が44万円を超えるときは、その残額から33万円を控除した金額)にして頭書金額に満つるまで。
なお、前記により弁済しないうちに退職したときは、退職金債権から所得税、住民税を控除した残額の4分の1にして、前記による金額と合計して頭書金額に満つるまで。
一覧表
支払期 | 政令で定める額 |
毎月 | 330,000円 |
毎半月 | 165,000円 |
毎旬 | 110,000円 |
月の整数倍の期間ごと | 330,000円に当該倍数を乗じて得た金額に相当する額 |
毎日 | 11,000円 |
その他の期間 | 110,000円に当該期間に係る日数を乗じて得た金額に相当する額 |
※差押えの対象となる債権が記載されています。給料債権の場合は上記のような記載がなされています。
債権差押命令の効力
では、強制執行としての債権差押命令を受け取った会社は、どのような法律関係に立たされるのでしょうか?
支払の禁止
第三債務者である会社にとって、最大の効力は、支払いが禁止されるということでしょう(民事執行法145条1項、193条2項)。
つまり、債権差押命令を受け取った後は、会社は労働者に対して全額の給料を支払うことを禁止されるということです。
仮に労働者に全額支払ったとしても、債権差押命令の対象となっている金額については、債権者に対抗できず、債権者から請求があれば支払いに応じなければなりません。全額払うと二重に支払いを強制される場合があるのです。
抗弁の対抗
もっとも、第三債務者である会社は債権差押命令を受け取った時点で、債務者である労働者に対して主張できる一子相手方の抗弁をもって債権者に対抗することができます。
例えば、会社が債権差押命令を受ける前から有していた反対債権(社内貸付債権など)があれば、弁済期の前後を問わず、その反対債権による総代が認められます(最判昭和45.6.24民法511条1項)。
債務の弁済
会社(第三債務者)は、債権差押命令を受け取った後も、賃金支払義務を弁済しなければならない立場にあるという点に変更はありません。ただし、債権差押命令を受け取った後は、差押えの対象となっている部分(差押禁止債権以外の部分)は、債務者に弁済することは禁止されますので、供託 又は 債権者の取り立てに応ずる 形で弁済をする必要があります。
債権差押命令を受け取った後に会社がやるべきこと
債権差押命令を受け取った後に会社が行うべきことは、以下のとおりです。
- 差押えの対象となる金額の計算
- 陳述書を提出する
- 債権者の取立への対応又は供託
- 給料の支払い
以下、具体的に説明していきます。
差押えの対象となる金額の計算
基本的な考え方
債権差押命令の受けた場合には、上述のとおり、それ以後、給与のうちの一定金額について、会社は労働者に支払うことが禁止されます。
そこで、給料債権のうち債権差押命令の対象となる金額を算出し、対象となる金額は後述のとおり供託又は債権者の取り立てに応じて支払い、対象とならない金額は、従業員に支払います。
債権差押命令の対象となる金額は、
- 差押え可能額の計算
- 差押え対象額の計算
により算出します。
① 差押え可能額の計算
給料債権の差押可能範囲には, 以下のとおり2種類があります。
- Aパターン 一般債権による差押え(例 金銭消費貸借契約による貸付金)
- Bパターン 扶養義務等に係る債権による差押え(例 養育費の未払分、婚姻費用の未払分など)
まず,会社に送られた差押命令の「差押債権目録」の記載を確認して、どのパターンに当たるかを確かめた上で, そのパターンの計算例を参考にして, 差押可能金額を計算してください。
※ なお、 計算例は, 通勤手当1万円,所得税・住民税・社会保険料の合計3万円とした場合の例で説明しています。実際には、各労働者の雇用契約書や賃金台帳を見て計算します。
Aパターン(一般債権による差押え)
給料(基本給と諸手当,ただし,通勤手当を除く。)から所得税,住民税,社会保険料を控除した残額の4分の1(ただし,前記残額が月額44万円を超えるときは,その残額から33万円を控除した金額)
計算例1 給料支給額36万円の場合
36万円ー1万円ー3万円= 32万円 →これは44万円以下なので,その4分の1の8万円が差押可能金額となります(※ 1円未満の端数切捨て)。
計算例2 支給額50万円の場合
50万円ー1万円ー3万円= 46万円 →これは44万円を超えるので,46万円ー33万円= 13万円が差押可能金額となります。
Bパターン(扶養義務等に係る債権による差押え)
給料(基本給と諸手当,ただし,通勤手当を除く。)から所得税,住民税,社会保険料を控除した残額の2分の1(ただし,前記残額が月額66万円を超えるときは,その残額から33万円を控除した金額)
計算例1 給料支給額36万円の場合
36万円ー1万円ー3万円= 32万円 →これは66万円以下なので,その2分の1の16万円が差押可能金額となります(※ 1円未満の端数切捨て)。
計算例2 支給額72万円の場合
72万円ー1万円ー3万円= 68万円 →これは66万円を超えるので,68万円ー33万円= 35万円が差押可能金額となります。
② 差押対象額の計算
①差押可能金額を計算したら、その金額と債権差押命令の「差押債権目録」の一番上にある金額(以下「頭書金額」といいます。)をどちらが大きいかを比較します(※Bパターンについては、後述参照)。
差押可能金額が「差押債権目録」の頭書金額より小さい場合
この場合,差押可能金額 を労働者(債務者)に払ってはいけません。
この場合,次回以降の給料についても,「差押債権目録」の頭書金額に達するまで,労働者(債務者)に払ってはいけません。
後述のとおり、労働者に払わずに、供託するか又は債権者の取り立てに応じて支払います。
差押可能金額が「差押債権目録」の頭書金額より大きい場合
この場合,「差押債権目録」の頭書金額 を労働者(債務者)に払ってはいけません。
後述のとおり、労働者に払わずに、供託するか又は債権者の取り立てに応じて支払います。
この場合,次回以降の給料については、差押えの効力は及びませんので、労働者(債務者)に払ってよいです。
※Bパターンの場合
Bバターンの場合で,「差押債権目録」の頭書金額が以下のとおり記載されている場合には,「1」に記載されている確定金額と「2」のう
支給料の支給日までに弁済期の到来している請求債権額の合計額が頭書金額となります。また,この場合,次回以降の給料についても,給料支
給日までに弁済期が到来した分が請求債権額に加算されますので,注意してください。
1 金○○○○○○○円(請求債権目録記載の1)
2 令和○○年○月から令和○○年○月まで,毎月〇日限り金○円ずつ(請求債権目録記載の2)
債務者が第三債務者から支給される,本命令送達日以降支払期の到来する下記債権にして,頭書1及び2の金額に満つるまで。ただし,頭書2の金額については,その確定期限の到来後に支払期が到来する下記債権に限る。
その他問題
労働者が「自分で債権者と話をつけるので、給与は私に支払い続けてほしい」と強く要求する場合がありますが、二重払いのリスクを負うことになりますので、労働者に支払ってはなりません。
また、給与の一部をAに対して支払わないことは、労基法24条(賃金は直接労働者に支払わなければならない)に反することにならないのかという疑問が生じ得る。しかし、同条は債権者が差押え制限の範囲外の賃金債権を差し押さえることまでを禁止した趣旨の規定ではないと解されており(東京高裁昭33.4.24決定判時151号33ページ)、同条違反の問題は生じません。
陳述書を提出する
債権差押命令書の送付と併せ、差押えにかかる債権の存否や金額(労働者への給与支払いの有無およびその金額)などについての回答を求める「陳述催告」が送達され、回答用紙(陳述書)が同封されます。
令和●年(ル)第●●●●号
催 告 書
第三債務者 殿
令和●年●月●日
●●地方裁判所民事第●部
裁判所書記官 ○○○○
当事者 別添差押命令書記載のとおり
上記当事者間の債権差押命令申立事件について,差押命令が送達された日から2週間以内に同封の「陳述書」に所要事項を記入して陳述されたく催告します。
(注)
(1) 陳述書の作成に当たっては,陳述書用紙をよく読み,必要事項を正確に記入してください。
(2) 陳述書は同封の封筒を利用して,1通を裁判所,もう1通は申立債権者に送付してください。
(3) 陳述事項以外に申述したいときは,適宜の用紙を使用して横書きで記載してください。
(4) 第三債務者は,この催告に対して,故意又は過失により,陳述をしなかったとき,又は不実の陳述をしたときは,これによって生じた損害の賠償をする責任があります。
この催告に対し、差押命令を受け取ったときから2週間以内に、故意または過失により、陳述をしなかった場合、または不実の陳述をした場合には、そのことによって生じた損害を賠償しなければならない(民事執行法147条1 .2項)と定められています。
そこで、この用紙が同封されていた場合には、必ず所定の期間内に回答を行います。
裁判所から同封されている陳述書は、雇用契約の内容に沿って記載すればよく、それほど難しい内容ではありません。
差押債権者への対応
上記のとおり差押られた金額については、労働者(債務者)への支払いは禁止されます。
差押された部分の支払いについては、給料の債権差押命令が今回の1件のみの場合と、他にも差押えがある場合に分けて対応する必要があります。
債権差押命令が今回の1件のみの場合
この場合、会社は、①債権者の取立に応じて、直接給料等の一部を支払うか、②法務局へ供託する ことによって,その支払義務を免れることになります。
① 債権者の取立に応じて支払う場合
この場合には,債権者から会社に対して直接に支払方法等について連絡があるはずですから,これに従います。
なお、法律によると債権者が会社から直接給料等を取り立てることができるようになるには,債権差押命令が「債務者」に届いてから4週間(ただし,パターンBが含まれる場合には1週間 ※1)を過ぎている※2ことが必要です。
債権者は「送達通知書」という文書を持っていますので,これを債権者に開示してもらい差押命令が債務者に届いた日付を確認してください。
※1 債権差押命令の「請求債権目録」に,夫婦間の協力扶助義務,婚姻費用分担義務,子の監設費用分担義務,扶蓑義務に係る定期金債権が含まれる場合には,この命令が債務者に届いてから1週間を過ぎると取立てが可能です。
※2 4週間の経過とは,債務者送達日の翌日を1日目(公示送達を除く。)として 28日目が4週間の末日ですので,その日の経過となります。28日目が土曜.日曜,祝日,年末年始であるときは,末日が平日になるまで繰り越されます。1週間の経過の場合も同じように考えます。
② 法務局へ供託する場合
債務者に払ってはいけない金額を供託することができます。この場合の供託の法令条項は,民事執行法156条1項となります。
ただし,今回の差押えの中にAパターンとBパターンの両方が含まれている場合の供託額は, Bパターンの差押可能金額の範囲内となります。
債権差押命令等が複数あるときは法務局へ供託する
今回の債権差押命令のほかに,債権差押命令・債権差押処分・債権仮差押命令を受け取っている場合は,給料等を供託しなければなりませ
ん。債権者の取立に応じて支払うことはできません。
それぞれの差押命令などについて差押可能金額を計算し,その金額に差がない場合には,差押可能金額の範囲内で,各差押命令の頭書金額の合計額に達するまでの金額を供託してください。
この場合の供託の法令条項は民事執行法156条2項となります。
差押可能金額に差がある場合には,大きい方の金額の範囲内で供託してください。この場合の法令条項は,民事執行法156条1項・2項となります。
供託をした場合の事情届
供託をしたときは,その都度,債権差押命令に同封されている「事情届」という用紙に必要なことを書き込んで,これに供託書正本(原本)を添えて,最初に送られてきた差押命令又は差押処分を出した裁判所に必ず提出してください(なお,供託が複数回にわたるときは,あらかじめ「事情届」の用紙をコピーして使用してください。)。
滞納処分による差押えが先にされているときには,滞納処分をした官署に提出することになります。
取立や供託はいつまで続く
差し押さえられた給料の額が債権者の請求額(差押え債権目録に記載されている金額)に達するか、債権者が取り下げるまで続きます。
従業員が退職すれば、債権者はやむを得ず取り下げることになります。それまでは毎月、前記のとおり取立への対応か供託を続ける必要があります。
当該労働者への対応
賃金の支払い
給料のうち、前記で計算した差押えの対象以外の部分(差押禁止部分)については、これまでどおり支給日に支払います。
面談する
債権差押命令が届いた場合は、会社はすぐに労働者と面談します。
債権差押命令が届いたこと、これにより給与の支払額が変わることを知らせるとともに、上記差押えを受けるに至った事情を本人から聴取します。プライベートの出来事とはいえ、給与債権が差し押さえられ、会社に一定の影響が出るに至っていますので、事情を本人から聴取することは特段差し支えありません。
聴取の中で、差押えがなされるに至った事情として「借金が多くなり、給与では返しきれない」という事情がわかる場合があります(このような場合は多い)。この場合、事態がこれ以上悪化する前に自己破産、個人再生などの債務整理を行ったほうが得策なこともあるから、弁護士に相談することを勧めることもあります。
労働者の中には、弁護士に相談するという発想すらなかったり、あるいは、思いついてはいるものの決心がつかないといったこともあり、会社から勧めることによって、一定の効果が期待できることもあります。
なお、労働者の知り合いに弁護士がいない場合も多いでしょうから、法テラスや各弁護士会で行っている法律相談、市町村で行っている法律相談などをすすめるとよいでしょう。
法的な債務整理手続を行えば、給料の債権差押命令は中止させられますので、労働者にとっても給料を満額受け取れるメリットがありますし、会社としても債権者への取立や供託の対応の煩わしさから解放されますのでメリットがあります。
しかし、労働者が何と言おうと、債権差押命令の効力が有効である限り、会社は労働者への支払いを禁止されます。仮に、労働者の言っていることが嘘の場合、二重払いのリスクを負うことになります。労働者が借金を返済したり債権者と話をつけたのであれば、債権差押命令は取下げられます。債権差押命令の取下がない限り、労働者の上記話は取り合わずに、供託等をした方がよいでしょう。
不正行為がないかチェックする
社内で起こる窃盗や横領といった金銭の不正行為において、その動機が、多額の借金を負うに至ったなど私的な金銭問題にあることが多いものです。
そこで、当該社員が差押えを受けた原因が多重債務など金銭に窮したことによる場合、特に当該労働者が金銭を取り扱う部署に所属しているときには、そういった不正行為がないか、帳簿類のチェックなどを念のため行った方がよいでしょう。
もっとも、多重債務者=窃盗・横領をしている、という訳ではありませんので、当該労働者の名誉のため、極力その理由については他の社員に開示せずに調査するなど、情報の管理を徹底する必要があります。
また、差押が養育費等の請求にかかるものである場合、例えば、すでに離婚していて妻子と別に暮らしているにもかかわらず、不当に金銭を得る目的や離婚などの事実を会社に隠しておきたいといった動機から、本来必要な届出をせずに、家族手当などの給付を不当に受け取っているケースもあり得る。したがって、そういった不正受給がないかについてもチェックを行いましょう。
懲戒処分・解雇
借金は,基本的には業務とは無関係の私生活上の行為です。従って,借金をしたこと、借金の取り立ての電話が会社に来たこと、給与が差し押さえられたこと、自己破産をしたことなどを理由に懲戒処分を行うことはできません。
借金と懲戒処分については
借金・給与差押・自己破産(個人再生)をした社員に対しいかなる懲戒処分ができるか?
情報の共有について
上記で述べたように、社員が給与債権の差押えを受けたという事実は、当人の名誉・プライバシーに関わる情報であり、厳重に管理しなければならないものである。
通常、人事部および給与支払いを担当する経理部などが把握する情報ではありますが、当該労働者の上司に伝える必要は通常ありません。
前述のとおり当該労働者に不正行為が見られないかどうかをチェックする必要もありますが、上司の協力を得る場合であっても、差押等の事実は出来るだけ伝えない方がよいでしょう。
もっとも、金融業者が直接来社して、本人との面会を要求したり、あるいは部署に頻繁に電話をかけてくるなどといった事態が生じた場合、上司が一切事情を知らないと、適切に対処できないということがあり得ます。その場合は、上司に、情報の取り扱いに留意すべき旨注意を与えた上で、給与の差押えがなされた事実を伝えることはやむを得ないでしょう。
社内融資の対応
会社によっては、社員に対して直接、あるいは共済会などからの社内融資制度を有しており、社員に金銭を貸し付け、月々給与から天引きする形で返済を受けていることがあります。
差押え可能金額を計算する際には、上述のとおり賃金から税金や社会保険料などを差し引いた後の金額で計算を行いますが、こういった社内貸付やその他財形貯蓄・生命保険料、組合費などはあらかじめ差し引いて計算することはできません。
もっとも、差押えの対象とならなかった部分(社員に支払われる部分)から、社内貸付の返済金等を従前どおり控除することは禁じられておらず、また、控除額についての制限も法令上はありませんので、労働者が給与債権の差押えを受けても、上記控除(返済)は従前どおり行うことが可能です。
相殺と差押えの優先関係
社内融資にかかる社員との契約では、-定額を毎月の給与や賞与から天引きの方法で返済する旨が約されているのが通常です。そして、その契約書などでは、社員が給与債権の差押えを受けた段階で、期限の利益を喪失する(例えば、100万円の借り入れを行い、毎月10万円ずつ返すという契約の場合、その契約に従って返済しているならば、毎月返済する10万円以外は支払いが猶予されているわけであるが、給与債権が差し押さえられるなど、一定の事由が発生したときには、その時点での残高をまとめて返済しなければならないという趣旨)といった定めが置かれていることが多いです。
そうしたケースにおいては、差押命令が送達されると、その時点での社内貸付契約における未返済額全額について、期限の利益を喪失することになり、毎月の給与や賞与の全額と社内貸付の未返済額を対当額で相殺することも、理論上は可能になります。ただ、労働者の生活維持への配盧もあるから、賞与はともかく、毎月の給与について、会社が実際に踏み切るかどうかは別ですが、仮に会社が毎月の給与や賞与の全額について社内貸付の未返済額と対当額で相殺に踏み切った場合、給与債権に対する差押えとの優劣が問題となります。この点、判例(最高裁大法廷昭45.6.24判決民集24巻6号587ページ)によれば、相殺が優先することになるとされています。
このように使用者が直接貸付を行う社内貸付契約の中で、差押え等の場合における期限の利益喪失が定められているときは、給与額全額について差押え等に優先して相殺することも、未返済額と対当額の範囲で許容されます。この場合、第三債務者の陳述害において、「社内貸付の返済金と相殺を行う(予定である)ため、債権者に対して支払う意思はない」旨を回答しておく必要がある点、留意してください。
なお、「社内融資」が、使用者自身からではなく、共済会など別の組織からなされている場合には、給与や賞与から相殺することはできませんので、注意してください。
まとめ
以上、おわかりいただけましたでしょうか。
債権差押命令が会社に届いたときは、大変驚くかと思いますが、会社の債権が差し押さえられたわけではなく、上記のとおり粛々と処理して頂ければ、それほど難しいことではありません。
当事務所では、社会保険労務士・弁護士顧問契約を締結して頂いている顧問先様については、債権差押命令が届いたときも対応させて頂いております。安心のサポートを提供しておりますので、是非ご活用くださいませ。