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社長当社の従業員Yは,在職中に当社と競合する会社の設立に参画しておりました。そこで、当社は、業務を著しく阻害し,信用を毀損して就業規則に違反したことを理由に,Yを懲戒解雇しました。懲戒解雇に伴い,退職金を没収(不支給)としま[…]
退職金とは
労働者が退職時に企業から支給される一時金のことを、一般に「退職金(または退職手当・退職慰労金)」といいます。または,その支払いが年金方式で行われる場合には、「退職年金」あるいは「企業年金」と呼ばれています。
退職金には、賃金の後払いという性質のほか、在職中の企業に対する功労・貢献に対する報償という意味があります。
退職金の功労報償としての性格からしますと,企業への功労がなく,むしろ背信的行為を行って退職する労働者に対しては,報奨金としての退職金を支払う理由はありません。典型的には,企業秩序を乱して懲戒解雇された労働者などには,退職金を支払わない又は減額する企業も多く存在します。
退職金の没収・減額は退職金規程に明記する必要あり
もっとも、退職金の没収・減額をするためには,退職金規程等に没収・減額の事由が予め明記されていなければなりません。
また,退職金規程等に没収・減額となる場合が明記してあったとしても,それに該当しない場合は,没収・減額をすることは出来ません。
従って,退職金の没収・減額を適法に行う為には,それを行うべき場合を,退職金規程に漏れなく明記する必要があります。
依願退職した場合に退職金は減額・不支給とできるか?
退職金規程に明記されている場合
退職金規程に「在職中の行為に懲戒解雇に相当する行為が存在したとき」には、退職金の没収・減額となる旨が明記されている場合について検討します。
この場合は、依願退職した場合であっても、懲戒解雇に相当する非違行為を行っていた場合は、「在職中の行為に懲戒解雇に相当する行為が存在したとき」に該当することを根拠に、退職金を減額・没収することは可能となります。
第●条(退職金の減額・不支給・返還)
1 次の各号の1つに該当する場合は,退職金の一部を減額ないし退職金の不支給とする。
・・・・・省略・・・・
③ 在職中の行為に諭旨解雇ないし懲戒解雇に相当する行為が存したとき
ただし、上記規定上の根拠があった場合であっても、実際の適用にあたっては、退職金の没収・減額が認められるのは、労働者のそれまでの勤続の功を抹消(没収の場合)ないし減殺(減額の場合)してしまう程の著しく信義に反する行為があった場合に限られることに注意してください。
この点の詳細はこちらの記事を参照してください。 >>「懲戒解雇した場合,退職金を没収(不支給)・減額できるか?」>没収・減額ができるケースは限られている!?
退職金規程に明記されていない場合
例えば、退職金規程には、退職金の没収・減額について「懲戒解雇された者には退職金の一部または全部を支給しない」としか定めがない場合、退職金規程の文言を文字通りに解釈すれば、仮に懲戒解雇に相当する行為があっても依願退職の場合には、退職金の没収・減額ができないように読めます。
実際にも、このようなケースを前提とする裁判例で、退職金の没収・減額を認めなかったものがあります。
東京地判平成6.6.21 労働判例660-55
(事案の概要)
Yは,玩具の製造及び販売等を目的とする会社であるところ,Xは,昭和58年3月21日,Yとの間で,雇用契約を締結した。
しかし,Xは,平成4年11月30日,Yを退職した。
(裁判所の判断)
裁判所は,「懲戒解雇にともなう退職金の全部又は一部の不支給は,これを退職金規定等に明記してはじめて労働契約の内容となしうると解すべきところ,本件において,成立に争いのない証拠によれば,被告(筆者注:Y)の退職金規定は,その5条で「懲戒解雇になったものには退職金は支給しない。」,7条で「就業規則に定める懲戒基準に該当する反則が退職の原因となった者に対しては,その者の算定額から50パーセント以内を減額することができる。」と定めているが,懲戒解雇に相当する事由がある者には退職金を支給しない旨の規定は存在しないことが認められる。してみると仮に被告が主張するような懲戒解雇相当の行為が原告(筆者注:X)にあったとしても,現に被告が原告を懲戒解雇したとの主張・立証がない(もっとも,前記のとおり,原告が被告を平成4年11月30日に退職したことにより,原告・被告間の雇用契約が終了している以上,その後に被告が原告に対し懲戒解雇の意思表示をしたとしても,その効力はない)。以上,右行為が存在することのみを理由として退職金の支払を拒むことはできないと解するのが相当である。」と判示して,退職金の不支給・減額は認められないとした。
これに対して、同じようなケースで、退職金規程の退職金不支給事由の趣旨から柔軟に解釈して、明確に依願退職の場合に没収・減額できるとの定めがなくとも、懲戒解雇に相当する行為がある場合には没収・減額を認めた裁判例もあります。
東京地判平成11.1.29労働判例760-61
(事案の概要)
Yは,家具や室内装飾品等の製造,加工,修理,輸入,販売等を業とする会社であるところ,Xは,昭和48年3月,Yに雇用された。
Xは,平成9年5月末日頃,Yに対し,同月末日をもって退職する旨の退職届をしたが,これに対し,Yは,Xに対し,平成9年6月30日付けで懲戒解雇する旨の通知をした。
(裁判所の判断)
裁判所は,「懲戒解雇は,懲戒権の行使であるとともに雇用関係終了事由であるが,原告(筆者注:X)が被告(筆者注:Y)に対しかねて同日で退職する旨の意思を表明していたことは当事者間に争いがなく,被告もまた,同日をもって原告との雇用契約を終了させる意思であることは明らかであるから,原被告間の雇用関係は同日をもって終了したものというべきであり,その後に懲戒権を行使するということはあり得ない。しかし,本来,懲戒解雇事由と退職金不支給事由とは別個であるから,被告の右退職金規程のように退職金不支給事由を懲戒解雇と関係させて規定している場合,その規定の趣旨は,現に従業員を懲戒解雇した場合のみならず,懲戒解雇の意思表示をする前に従業員からの解約告知等によって雇用契約関係が終了した場合でも,当該従業員に退職金不支給を相当とするような懲戒解雇事由が存した場合には退職金を支給しないものであると解することは十分に可能である。このような観点から本件をみると,前記説示のとおり,原告の前記背任行為(見積価格での商品の仕入れが可能であつたにもかかわらず,敢えて,その一割高の価格で仕入れた行為)は,いずれも悪質かつ重大なものであって,被告に対する背信性の大きさからして,本来懲戒解雇に相当するのみならず,これを理由に退職金不支給とすることも不当ではないと考えられる。」と判示して,退職金の不支給を認めた。
このように裁判所の見解は分かれていますが、このような不毛な争いを回避するためには、上記のとおり「在職中の行為に懲戒解雇に相当する行為が存在したとき」には、退職金の没収・減額となる旨が明記することが重要です。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
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懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
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サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
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また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。